東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4869号 判決
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【説明】
本件の争点は次のとおりである。
「原告は、訴外会社に対する手形債権を被保全権利とし、訴外会社の被告に対する手形の異議申立のための預託金の返還請求権を仮差押をしたうえ、その本訴の仮執行宣言付判決に基づいて本件預託金返還請求権に対する債権差押及び転付命令を取得したとして被告に転付金を請求した。」のに対し、「被告は、訴外会社に対し、一〇〇〇万円を、訴外会社に対し仮差押、差押等の申請があつた場合には、同会社は、被告からの催告がなくても当然期限の利益を失い、直ちに残額全部を支払う、被告は、訴外会社に対し仮差押、差押等の申請があつた場合には、本件貸付金債権と被告が訴外会社に対し負担している債務とを、弁済期のいかんにかかわらずいつでも相殺することができる旨の約定付で貸与したが、右の貸付金残債権を自働債権とし、本件預託金返還債権を受働債権として対当額において相殺した。」旨抗争した。判旨はこの相殺予約に関する約定の効力に関する。
【判旨】
二そこで、相殺の抗弁について判断する。
まず、<証拠>を総合して考えると、抗弁1(一)の事実及び訴外会社が昭和五一年六月三〇日までに本件貸付金のうち六〇〇万円を被告に弁済したとの事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、同月一五日、原告が、訴外会社の被告に対する本件預託金返還請求権について東京地方裁判所に仮差押申請(以下「本件仮差押申請」という。)をしたことは、当事者間に争いがない。
原告は、本件貸付金についての期限の利益喪失の特約ないし相殺予約の特約は無効であり、仮に有効であるとしても、期限の利益を喪失させるためには債権者(被告)からその旨の意思表示を要するものと解すべきである旨を主張するので検討するに、前記認定した事実によれば、被告銀行の本件貸付金債権について、債務者たる訴外会社に対し仮差押等の申請がされることは同人の信用を悪化させる一定の客観的事情が発生したものとみることができるところ、このような場合に債務者たる訴外会社の負担している本件貸付金債務について期限の利益を喪失せしめ、一方、同人の被告銀行に対する債権については、被告銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意が、契約自由の原則上有効であることは論をまたないところであつて、かかる合意は、特段の事情のない限り、右債権を仮差押又は差押えた債権者に対する関係においても効力を有するものと解するのが相当である(最高裁昭和三九年(オ)第一五五号同四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号五八七頁等)。そうして、本件において、このような特段の事情の存在することを認めるに足りる証拠はないから、前記期限の利益喪失の特約ないし相殺予約の特約が無効であるとの原告の主張は、採用することができない。また、原告は、期限の利益を喪失させるためには債権者(被告)からその旨の意思表示を要すると主張するけれども、右期限の利益喪失の特約に鑑みれば、そのような意思表示をしなければならないものと解することができないから、右主張も採用することができない。
そうして、抗弁1(三)の事実は当事者間に争いがなく、また、同1(四)の事実は訴訟上明らかであるところ、前記認定した事実によれば、本件貸付金残債権四〇〇万円及び本件預託金返還債権三〇〇万円は、遅くとも、本件仮差押申請の時に全部相殺適状が生じたことが認められるから、被告のした右相殺の意思表示は、右相殺適状が生じた時に遡つて効力を生じ、原告が差押・転付をえた本件預託金返還債権は、右相殺により、全部消滅に帰したものというべきである。
(井田友吉 榎本克巳 吉田京子)